オレがブラジルで仕事をはじめたとき当然のことながらまず銀行口座を
開設した。仕事の相棒にどこの銀行がいいかと聞くとブラジルNO1の支店数を誇るブラジル銀行ーBanco do Brazilとか他にも大手の銀行がいくつかあるという。支店数が多く便利との説明だった。
当時ポルトガル語がよくしゃべれなかったオレは相棒に連れられてゴイアニアのセントロ
とよばれる街の中心にいったのだった。そこには銀行がひしめいているという。
まずブラジル銀行へいったのだがそこでオレはいきなり驚いてしまった。
とにかく長蛇の列。支払いも受け取りも長蛇の列だ。
相棒に
「いつもこんな調子なのか?」
と聞くと
「そうだ、いつもこうだ」
「でも口座開設は直接マネージャーに話をするからスムースにいくかもしれない」
ということだった。
口座開設担当のマネージャーの所へ行くとそこには小さなデスクがあって
すでに人が座っている。こちらが声をかけても
「待っていろ」
というだけで座るところもない。イスは遠方にあるのだが相棒はそこに座って待っていると
別の客がきてしまうのでこの辺でウロウロしているしかないという。
散々待たされた後、やっとマネージャーと話ができた。きわめて事務的な対応で、これにナニナニを記入しろ、そして持って来いということだった。
うーーンこれがブラジルの銀行の対応か、客扱いではないなー。
さらにオレは暗い未来に気がついた。
もし口座を開設したとして、今度行くときは
支払いや引き出しや入金のためでに行くのだ。
つまりあの長蛇の列に毎回並ばなくてはならないことになるー
オレは相棒にそれを確認した。
「相棒、これからは毎回あの長蛇の列にならばなくてはならないのか」
「もちろんだ、朝一番できたら少しはマシかもしれないが、毎日
こんな感じだ。オレの印象では今日列は短めだ」
そのあとオレは相棒に別の銀行を見せてくれと頼んだ。
ここもまったく同じ。
そのあとも政府系銀行とか州立系銀行とかいろいろみせてもらった。
どこもほぼ同じ。長蛇の列、感じのよくないマネージャー、客層もいかにもブラジルの
庶民といったかんじ。だまって順番を待っている彼らの表情はなんというかそこはか
となく暗くて
「皆で黙って痔の痛みをこらえている」
といった印象をオレは持ってしまった。
銀行ツアーを終えて事務所の帰途に着く車中でオレは相棒に聞いた。
「ブラジルの銀行って全国どこでもこうなのか、感じの悪いマネージャー
長蛇の列、一時間待ちあたり前、そうなのか??」
「そうだ、多分」
「これでは経済が停滞してしまうではないか!」
「そのとおりだ。だから停滞している」
「仕事の支払いが何軒もの銀行にまたがったらどうするんだ!」
「一日中銀行マワリだ、それで一日が終わる」
「むむーーーー」
オレにはわかっていた、こういうことにオレは絶対に耐えられないのだ。
そういうことにはオレは慣れる事ができない。
ブラジルだろうがチベットだろうがウガンダだろうがコレだけはダメだ。
オレは車のなかで必死でオプションを考えていた。
ブラジルの銀行だけにはオレは絶対に行きたくない、行けない、いや行ってはならないー。
走馬灯のようにオプションがオレの頭のなかを駆け巡った。
ー誰かやとって支払いとかはヤラセルことにするかー
ーでも信用できるやつでないと、日本のようにはいくまいー
ーでもオレ個人の支払いはどうするかー
などなど。
やがてオレは考えるのをやめフト車を運転している相棒に言った。
「ブラジルの金持ち連中もよくコレに耐えられるなー」
するとそれまで無表情に車を運転していた相棒が驚いた表情で私に言ったのだ。
「金持ちが一時間も待つわけネエだろ!ヤツラの銀行は全然別だっ」
驚いたのは俺のほうだ。
「ナニナニ、お前はどこも同じと言ったではないか!」
相棒はもう無表情に戻っている。
「それはな、俺たちの世界では同じということだ、ブルジョアは別世界だ
俺たちには関係ないオマエにも関係ない」
「ううーーーー」
「ここはなブラジルなんだ、そんなブルジョア相手の銀行に行っても
相手にされないぜッ」
オレは言い放ってやった
「うるさい、その銀行はどこにあるんだ、どこに」
「それはな、セントロにはない、静かな住宅地にある」
それから数日間オレは相棒以外の友人や知人に聞き込み調査を
行った。ブルジョア系銀行についてだ。
そしてわかったことがあった。
ブラジルで普通に「口座」というのは日本の当座預金口座に近いもので
小切手がでる。つまり信用供与を伴うわけだ。
日本の普通預金口座に相当するものはコンタポパンサといい別にある。
これは誰でも即開設できる。
でも信用供与つまり小切手帳をともなったブラジルで言う「口座」
は審査が厳しい。
残金がなくても平気でバンバン不渡り小切手をきるヤツが多いブラジルの実情に
あわせているのだ。
加えてブラジルが階級社会であるように銀行も完全に階級社会になっているのだった。
オレは私的な調査からゴイアニアのBESTは
B銀行とS銀行F銀行の三行という事実を掴んだ。
どれも外資っだった。
みな高級住宅地に隣接して支店を構えている。
オレにその銀行の名前を教えてくれた友人から聞いていた。
「そういう銀行に口座を開くのは簡単ではない、相当のカネを最初から入れるか
あとはすでに口座を持っている友人の紹介が必要だ、フリでいっても相手にされない」
カネもコネもないオレは条件的にはまったく不利だった。
ただオレには
「絶対に列には並ばない、横柄なマネージャーとは
口を利きたくない」
という強い意思があった。
そのためにはどうしてもブルジョア系銀行に口座を開かなければならない。
オレは考えた。どうやってブルジョア銀行に口座開設を納得させるか。
おれの考えた作戦は
オレが日本人であること。
オレがゴマくらいの大きさでも会社のオーナーであること。
紹介状はなくとも照会状はつくれること。
これを利用する。あとはハッタリ。
しばらくしてオレは当時もっともハードルが高いと聞いていた
S銀行に乗り込んだ。このときは一人で行った。
当然ネクタイとジャケットでキメていた。
イタリア製 PRIMA CLASSEのアタッシュも持った。
やはりS銀行はセントロの大衆銀行とは何から何まで違っていた。
そこは高級住宅街のお屋敷を改造した一軒屋で看板がなければ
銀行とわからない。
黒い髪のキレイなオネエさまが受付にいていきなりにこやかだ。
第一静かでほとんど客がいない。客の数はセントロの大衆系銀行の100分の一くらいに
みえた。
「御用はなんでしょうか」
と丁寧に聞かれた。
オレが厳粛な面持ちで口座を開きたい旨を伝えるとすぐ二階に案内された。
クラシックに見えたお屋敷だが中はモダンに改装されていて
すこぶるセンスがいイイ。
花の生けてあるコーナーに通されそこにオレは座った。
「すぐ担当のモノが参りますのでここでお待ちください、コーヒーかなにか
お持ちしましょうか?」
これは日本の銀行より余程アテンドがいいではないか。
「あっ コーヒー、そっ、それください」
となんかトンチンカンな返事をしてしまった。
オレは緊張していたのだ。
やがてこれは美人のオレより頭ひとつ背の高い流れるような
金髪のオンナがニコヤカに俺の前に座った。
彼女は最近サンタカタリナの支店から移ってきましたと自己紹介した。
「口座をお開きになりたいとか」
「その通りだ」
「外国の方ですか?」
「そうだ、TOKYOだ」
「アノ、会社のプロファイルとか、アナタ様ご自身の収入の証明とかお持ちですか」
「いやブラジルに来たばかりでそんなものはない。会社も作ったばかりだ」
「会社の所在地は?」
「XXXXにある」とオレ。
これはマズイ事を聞かれたとおもった。なにしろ当時は貧民街のド真ん中に
オレの事務所はあったのだ。
かすかに担当のオンナは首をかしげた。
「お車はなにをお持ちですか?」
「まだ買っていない、だから持っていない」
「では会社までは?」
「自転車だ」
会話は明らかにマズイ方向に行っていた。
これはある程度予想していたことでここでオレは一気に勝負に出た。
「聞きたいことがある、ブラジルでは持っている車の種類で口座が開けたり
開けなかったりするのか」とオレ
「イエそういうわけではないのですがー」
じつはブラジルでは車の有無とその車種が階層をあらわすシンボルのひとつだ、
それをおれは知っていた、それを逆手に取った。
「ブラジルではオレがポルシェをもっていたら口座が開けて、フスカ(VWビートル)では
開けないのかー」
「ーーーーー」
ここで一挙にタタミかける
「わがTOKYOではポルシェなどざらにあって何の保証にもならない、口座開設と何の関係もない」
「ーーーーー」
「オレはいままでTOKYOでありとあらゆる銀行に口座を開いてきたが断られたことなど
ないし、そんなことを想定したこともない。」
「口座をひらかないと申し上げているわけではないのですがー」
ここでかねて用意していた”照会状”なるものをオレは出した。紹介状ではない。
これは周到に準備していたのだ。オレが自分で作ったのだ。それも英語で。
「これがオレ個人についてのリファレンスだ、オレ個人の信用が不安なら
ここにコンタクトしてくれ」
そこにはMITSUI&COだとかMITUBISHI&COとか、オレの持っている東京の
SUMITOMO BANKの電話番号 支店名などが仰々しく書いてある。
いずれも東京時代のただの取引先やオレの東京のフツーの銀行だ。
オレはこのリファレンスを渡しても、たかが一口座の開設のためにゴイアニアの銀行からわざわざ東京に照会がいかないことを知っていた。
でもウソは書いていない。MITSUIやMITUBISHIとは東京時代サラリーマンとして取引をしたことがあるのは事実だ。住友銀行に口座も持っている。3万円くらい
は残っている。
びっくりしてそのオレ作の”照会状”なるものを真剣に見ていた金髪のマネージャーは
やがてニコヤカに微笑み丁寧な口調で言った。
「わかりました。ここまでキチッとした照会状を持ってこられた方はあなたが初めてです。
一応検討させて頂きますが、ご安心ください。私個人といたしましては口座をお作りしたいと
思っております」
帰り際に彼女に見送られながらオレはこれもかねて用意のセリフをマネージャー言った。
これだけはどうしても言いたかったのだ。
「Panasonic SONY HONDAを知っているか?」
「ハァ もちろん知っていますよ。みな日本の会社ですね、ブラジル人は
みな知っております。」
「オレの会社はまだものすごく小さい、でもPanasonicもSonyもHondaも
創業の時はオレの会社より小さかった」
引き込まれるような微笑をうかべながらマネージャーがオレにささやいた。
「もちろんです」
やがてオレ宛てに小切手帳が届き口座開設は完了した。
大衆向け銀行の小切手とはその信用力がまるで違うことは
支払いのときにすぐ気がついた。
その後今までオレは銀行で列に並んだことはない。
カネはモチロンないので今に至るまでスズメの涙ほどしか預けていないのだが、
ブルジョア銀行でも一度口座があいてしまうとあとはあまり関係ないことも
知った。
コーヒーを飲みながらイタリアのデザインで統一された
キレイなマネージャーの個室で四方山話を
しながら彼女がテキパキと作業をするのを見ているだけだ、
「オレにはこんな銀行はあわないっ!」といってビビっていた相棒もオレの強引な
紹介でやがてこの銀行に口座をあけたのだった。
=ブラジルのブルジョア銀行は天国だ。天国に行くにはカネはいらない。ハッタリがいる。=